芸術、美しさ、使命感、感動を与えるもの

Seaside Cafe
Seaside Cafe

「僕はいったん文章にしないと物事を考えられない性格だ」

と、村上春樹は言いました。

ぼくも、考える手段のひとつに、「書く」という作業があります。書きながら、考えがまとまったり、構築されていくということがよくあります。久しぶりに、とりとめのない文章を書いてみようと思います。思ったことを思ったままに吐き出します。

何から書き始めればよいか、ということを考えるときに、司馬遼太郎の『関ヶ原』の冒頭に、こんな言葉がありました。

『ヘンリ-・ミラ-は、「いま君はなにか思っている。その思いついたところから書き出すとよい」といったそうだ。』

これは、本当にそのとおりだと思います。だから今も、そんなところから話を始めてみました。

今、沖縄にいます。

村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んで以来、密かに彼のライフスタイルに憧れていました。毎日ランニングをして、原稿を書くという生活。とくに、ハワイでそんな生活をしている描写を読んで、ぼくもそんな風に生きてみたいという想いが強くなりました。

そんなライフスタイルを少しでも体験してみたくて、沖縄にやってきました。一日10kmを目標にして、走り続けています。海沿いのビーチや、島を一周したり。とにかく海がきれいで。本当に、きれいなんです。景色を眺めて、波の音を聴きながら走っているだけで、幸せな気分になります。ぼくのいる中部の北谷町にはアメリカ人もたくさんいて、多くの人がランニングしています。そんな風景も、外国にいるような感じがして好きです。

近くに、お気に入りのカフェができました。「Seaside Cafe」という、名前のとおり、目の前に海が広がるカフェです。今日は雨だからか、誰もお客さんがいません。一昨日はたくさんのアメリカ人がやってきていました。心地良いボサノヴァが流れていて、理想のカフェって感じです。こんなところで、村上春樹の『風の歌を聴け』なんて読めたら幸せだろうなと思います。司馬遼太郎の戦国時代の小説を持ってきたのは、少し間違えました。

1日目は10km、2日目は13km、3日目は15km、4日目の今朝は5km走りました。もう脚はパンパンで、今日は休息日にします。ちょうど雨が降っているので、良かったです。

ぼくには、高校時代のときから、コンスタントにランニングをする習慣がありました。走りながら、色々なことを考えたり、逆に、無心になって、頭がスッキリしたり。大学時代も、ランニングのために授業をサボるということがよくありました。それがとてもよかったです。そのお陰でたくさんの発想が生まれたし、今があります。後悔していません。

久しぶりに、たくさんランニングをしてみて、やっぱりぼくには、自分の一日のライフサイクルの中に、「走る」ということを組み込む必要がある、と感じました。人やネットから離れるという時間が、ぼくにはとくに必要だと思うのです。ぼくの良さは、(良い意味で)放っておくと、突拍子もないことを思いつく、ということだと思っています。しかし、放っておく、つまり一人きりであれこれと考える時間が、昔に比べてずいぶん少なくなりました。そうなると、自分の中で考えを構築させきれないうちに、他人の情報や意見が入り込んできて、流されてしまいます。意識的に走ることで、自分の時間を確保しなければ、と思うのです。

また、沖縄に来て自分自身とじっくりと対話することで、自分にとってのターニングポイントや、使命というものを少しずつ理解することができました。自分の良さやできることを通して、人にどう貢献できるのか、考えています。

昔読んだ、ジュリアード音学院のジョセフ・ポリシ学院長の言葉を思い出しました。

「本校では若い芸術家への指導にあたって、常々彼らにコミュニケーターであれと伝えています。彼らは舞踏、演劇、あるいは音楽の専門分野を通して、人間の精神性を発信伝達しているのです。仮に伝えていないとしたら、私に言わせれば、芸術家ではありませんね。ただの技巧家にすぎません。

 つまり、学生にとって何よりも大切なのは、コンサートホールのような伝統的な場であれ、病院や学校といった非伝統的な場で演奏することであれ、すべての活動の目的は自分の芸術を通して人を感動させるため、という理解です。」

この言葉に、強い共感を覚えました。

「自分の芸術を通して、人間の精神性を伝達する」

芸術、美しさ、使命感、感動を与えるもの・・・そんなキーワードが、もう少しで、自分の中でつながりを持つ気がします。そのとき、すごいエネルギーが湧いてくるように思うのです。

さっき、ターニングポイントがわかったと、書きました。

それは、2009年に、自転車で西日本を一周したときのことです。

ぼくは、「日本地図って本当に正しいのだろうか」と思って、地図帳一冊持って、自転車で鹿児島まで走りました。本当に地図通りに道が繋がっているのかどうか、自分の目で確かめたいと思ったのです。13日かかって、本州と九州を結ぶ関門大橋に立ったときは、静かな感動を覚えました。「自宅のドアを開けると、家の前に道がある。その道が、一本の連続した線で、九州までつながっている」それは、知識としては当たり前のことかもしれませんが、その体験で得られたものは、まぎれもない「実感」だったんです。情報と、生の体験には雲泥の差があります。誰がなんと言おうと、です。体験には価値があります。どんなお金持ちでも、ぼくが体を通して得られた「実感」は、その人が自分で体験しないことには理解できません。

そういえば、昨日、良い言葉に出会いました。とある方が講演会で話された言葉だそうですが、それはこんな言葉です。

「人間は必要なものに意識の焦点をあてています。たとえば、バスで目的地までいくとき、乗っている間に見た景色の何割を覚えているでしょうか。

今、考えてみてください。

ここに来るまでに見た景色のうち、どのくらい思い出せますか?思い出せる景色は、意識が焦点を当ててみていた景色です。

ですが、思い出せない景色も、無意識は確かに見ています。無意識はすべてを見て、覚えているのです」

無意識はすべてを見て、覚えている。ぼくは神奈川から福岡まで、1300kmを走りました。ですが、通ってきたすべての道を覚えているわけではありません。ほとんど思い出せない。でも、無意識はちゃんと覚えているんだそうです。それを聞いて、少し安心しました。忘れていても、ちゃんと経験は自分の中に生きているとわかったからです。

話がそれました。ターニングポイントというのは、その西日本一周の旅を終えたときのことです。ぼくが旅の記録のために書いていたブログを、まったく知らない方が読んでいらっしゃったのです。その方が、旅を終えたときにメッセージをくれました。一言一句覚えているわけではありませんが、こんな言葉でした。

「実は、あなたのブログを読んでいました。私にも、なんとなく諦めてしまっていた夢があるのを思い出しました。今回のあなたの挑戦を見て、私ももう一度夢に挑戦してみようと思いました。ありがとうございました。」

ぼくは、誰かを励まそうとか、感動させようとか、そう思って走っていたのではありません。ただ、好きなことを夢中になってやっていただけです。だからこんなメッセージが届いてとても驚きました。でも、このとき初めて、自分の好きなことに本気で挑戦することで、人にエネルギーや、感動を与えることができるんだとわかりました。今思えば、これが、ぼくの生き方を決める言葉だったと思います。

人に感動を与える生き方をしたい。自分の体験を通して、精神性を伝えたい。ぼくは、人生は芸術だと思うし、美しさを感じるし、その意味ではすべての人がアーティストだと思います。より美しい人生を送りたいし、それを見て喜んでくれる人がいればいいなと思います。

人に感動を与えたいとは思いますが、それを目的にはしたくないです。自分の好きなことを本気でやる、自分の中の美しさを限りなく追及する。ただひたすらに、夢中になっていれば、自然と人は感動するものだと思います。逆説的ではありますが、人のため、世の中のために、自分の好きなことをしたいと思います。共感は得られないかもしれませんが、あくまで自分が主体だし、人のために犠牲になったり、身を削ろうとは思いません。ぼく自身が誰よりも感動して、その感動がにじみ出るように、人に伝わればいいなと思います。とはいっても、好きなことをする上では、ぼくはかなりストイックなので、他人からすれば身を削っているように感じるかもしれません。でもぼくは心から楽しんでいるのです。

やはりとりとめのない文章になりましたが、今思っていることは結構吐き出せました。しかし、沖縄はいいですね。住みたくなる人の気持ちがわかりました。時間はのんびりと流れていて、こんなこと言ったら失礼ですが、東京で満員電車に乗ることすらバカらしくなってきます。それが人間本来の生き方なんでしょうか、と。

ぼくは、この旅を通して、「回復したい」と思って沖縄に来ました。何からの回復かは、自分でもよくわかりません。でも、確実に、この数年で何かが失われてしまったし、ダメージを受けています。自分を成長させるためのダメージだと、前向きに捉えることにしていますが、それは本質的なものではないように思います。本来の人間らしさとはかけ離れていると感じます。心は常に緊張していて、自由な発想や行動の妨げになっているように思います。エネルギーも湧きません。朝は辛いし、常に眠い。本来はもっとバイタリティーのある人間だったと思うのですが。でも沖縄にきて、自分のバイタリティーは、ちゃんと残っていると感じました。ぼくもまだまだ捨てたもんじゃありません。あとは、思考と感情と行動を一致させるのみです。

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