ワセオケの凱旋公演を聴いて

2月末、海外出張でドイツのドレスデンを訪ねたとき、ヨーロッパ屈指の歌劇場として知られる「ゼンパーオーパー」のチケット売り場の中で、見覚えのあるポスターを見つけた。ワセオケ(早稲田大学交響楽団)が1週間後にこのホールで演奏をする、というポスターだった。

ドレスデンで見つけたワセオケのポスター
ドレスデンで見つけたワセオケのポスター

100年以上の歴史を誇るワセオケは、1978年の第5回国際青少年オーケストラ(通称カラヤン・コンクール)で優勝を勝ち取って以来、定期的に海外公演ツアーを行っている。2000年以降は3年おきにヨーロッパ公演を行っており、ちょうど2015年がその年に当たった。

2月20日のフランクフルト公演を皮切りに、ワセオケの「ヨーロッパツアー2015」が始まった。ザルツブルク『祝祭大劇場』、ウィーン『楽友協会』、ドレスデン『ゼンパーオーパー』、ライプツィヒ『ゲヴァントハウス』、パリ『シャンゼリゼ劇場』など、ヨーロッパの名立たるホールで全13公演を行った。かつてカラヤンが君臨したベルリン『フィルハーモニー』は、ワセオケと縁の深い場所だけに、とりわけ力が入る。

ヨーロッパツアーは毎回好評を得ているが、今回のように、全公演がスタンディング・オベーションで迎えられたほどの大きな成功は、過去になかったそうだ。

さて、ヨーロッパでの1カ月間を経て、成長して帰ってきた彼らはどんな演奏を見せてくれるのだろうか。3月22日(日)、4年生にとって最後の舞台となる定期演奏会を聴きに、サントリーホールへ足を運んだ。

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プログラムの前半は、リヒャルト・シュトラウスの2曲。交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』交響詩『ドン・ファン』

彼らがヨーロッパツアーへ行く直前、2月12日の定期演奏会でも『ツァラトゥストラはかく語りき』を聴いた。そのときも上手だと思ったが、今回はさらに洗練されていた。本場ヨーロッパの大舞台で数々の本番を重ね、毎回評価され、自信も経験もついたのだろう。難しい曲なのに、余裕すら感じた。手を抜くような余裕ではなく、観ている側を落ち着かせてくれ、聴き心地を高めてくれるような余裕だった。

『ドン・ファン』もそうだ。出だしから最後まで、非の打ちどころのないような演奏だった。素人だから音楽的なことはわからない。でも、『完璧だ』と思ってしまった。緊張感に包まれる一回の本番は、人を大きく成長させる。この一カ月間で、音楽的にも人間的にも大きくなって帰ってきたのだろう。演奏に一体感が感じられてなお嬉しかった。

後半のダヴィット『トロンボーンと管弦楽のための小協奏曲』は、当初今回のプログラムに予定のない曲だった。しかし、ワセオケは直前になってプログラムの変更を行った。その理由について、永久名誉顧問の田中雅彦先生はこのような言葉を書いていた。

今回のツアー曲目の中で、お客様やメディアの圧倒的支持を頂いたのは、水出和宏(商学部4年)を独奏者とするトロンボーン協奏曲でした。来月から三井物産で勤務するとパンフレットに紹介されていましたので、「あのようなワールドクラスの天才を音楽社会は失ってもよいものか?」と論評されたほどでした。

その言葉どおり、水出さんは貫録のある、素晴らしい独奏を聴かせてくれた。そう、この田中先生の言葉で思い出したが、この舞台に立っている4年生は、4月から社会人になり(中にはオケに熱中しすぎて留年する者もいるだろうが…)、それぞれ別々の道を進む。そのまま音楽の道に進む者はほとんどいないだろう。趣味として社会人オーケストラで続ける者もいるだろうが、楽器を辞めてしまう人も多い。

だから、このメンバーで演奏するのはこれが最後なのだ。そう思うと、一瞬一瞬の音が愛おしくなるが、そんな切なさもおかまいなしに、時間は進んでいき、曲は進行していく。でも、だからこそ美しい。儚さゆえの輝きがある。卒業後、何年経ってもワセオケのファンでいられるのは、そんなところに理由がある気がする。ひとりひとりの実力はプロには敵わないだろう。だが、オーケストラの一体感や一瞬にかける輝きは、高校野球に似た素晴らしさを感じる。

考えてみれば、4年後には、現在の団員のうち、ひとりも同じ人間は存在しないのだ。毎年4年生が卒業し、新しい1年生が入る。しかし、その4年後の団員が構成するオーケストラも、響きは確かに「ワセオケ」そのものであり、しかも全体としては進化していたりする。不思議なものだが、そこがワセオケの面白いところだと思う。何十年にもわたって指導されてきた田中先生は本当にすごい。

プログラムの最後はモーツァルトの『交響曲第4番(ジュピター)』。ブラームスやベートーベンの交響曲は多いが、モーツァルトの交響曲をやるのは久しぶりだったのではないか。とても新鮮だった。しかし、その最後の曲に、4年生の多くが舞台に立っていなかったのが、残念だった。卒業する4年生の、最後の輝きがみたいものだ。

と思っていたら、その4年生の面々が舞台に上がってきて、アンコールで『早稲田大学校歌』を演奏した。今日出番がなかったオーボエのよく知る後輩も、その場に出てきた。ほんの少しだったけど、4年生のみんなで演奏ができて良かったと親心のように思った。長い間ワセオケを支えてきた4年生、本当にお疲れさま。これで気持ちよく帰ることができる。

しかし、本当のサプライズはここからだった。カーテンコールで指揮台に戻ってきた田中先生が、再び団員に向けて腕を上げ、目つきを変えた。

R.シュトラウスの『「サロメ」より7つのヴェイルの踊り』だった。そういえば、この曲がヨーロッパツアーで4年生中心に編成された曲だと聴いていたことを思い出した。正直、さっきまで聴いていたモーツァルトに比べて、圧倒的に迫力が違った。そうだ、これが卒業生の演奏だ。喜びと気迫に満ちた、瑞々しい演奏だった。

田中先生を眺めながら、思わずにやけてしまった。相変わらずの策士だ。教育者としての田中先生も好きだが、ぼくは戦略家としての田中先生が大好きだ。1978年のカラヤン・コンクールで優勝したときから、きっとその性分は変わってないのだろう。あのときも、難曲と考えられていたストラヴィンスキーの『春の祭典』を自由曲として高い精度で演奏し、優勝を勝ち取った。最初から優勝を狙って、戦略を組んでいたのだ。

後で後輩から聞いたのだが、実はアンコールで『サロメ』を演奏するかどうかは、団員たちにとっても定かではなかったらしい。

「実は『サロメ』は、先生が指揮棒を下ろすまでやるかやらないかわからなかった曲で、だからこそ、サロメができる喜びを噛み締めながらの演奏でした。周りはみんな号泣しながら吹いていました」

と、後輩からメールがあった。そんなこととは知る由もなかったが、ぼくは4年生が最高の形で締めくくれたことが嬉しくて、涙を流しながら演奏を聴いていた。こんな演奏してくれたら、そりゃあヨーロッパの観客も大声で「ブラボー」と叫ぶだろう。彼らはプロの音楽家ではなく、それどころか音大の学生でもないのだ。みんなそれぞれ専攻を持った、普通の大学生なのだ。中には初心者で楽器を始めた者もいる。そんなアマチュアオーケストラが、こんな輝きを持った音を出すのだから。

スタンディングオベーション

「ブラボーと叫ぶ勇気がなくてごめんなさい」、と思いながら、そのかわり精一杯の拍手を彼らに贈った。オーボエの後輩たちが、「4年間お疲れさま」の握手をしてお互いの健闘を称えあっているのを見て、再び涙ぐんでしまった。有終の美とはまさにこのこと。本当に素晴らしい凱旋公演だった。

そんな昨日の演奏を聴きながら、どうしても文章を書きたいと思った。田中先生、団員の皆様、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。かつてこの楽団に所属していたひとりのワセオケファンとして、さらなる楽団の繁栄を祈っています。

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