地元の「語り部」が伝える南三陸の真実(中編)

(前編はこちら

南三陸の「語り部」伊藤さんの指示のもと車を走らせ、最初に向かった場所は、高台に位置する戸倉中学校だった。駐車場の横にはたくさんの仮設住宅があり、今も多くの人がそこで生活をしていた。

高台に建つ戸倉中学校
高台に建つ戸倉中学校

校舎の横からは、海が見下ろせた。かなり高い場所に建っているが、この校舎の1階の窓の上のところまで、波が押し寄せてきたという。グラウンドに避難していた生徒1名、先生2名が犠牲になった。まさかここまで津波が来るとは思わなかっただろう。

伊藤さんは校舎の時計を指差した。

2011年3月11日14時48分から止まったままの時計
2011年3月11日14時48分から止まったままの時計

「あの時計の針は、地震の瞬間から止まったままです。電気で動いていたからです」

「地震があったのは、確か14時46分でしたよね?2分くらい進んでませんか?」

「そう、電気がストップしたのが、地震の2分後でした。つまりあの時計の時間からだったんです。今はまだ、このように震災のことを伝えてくれるものが残っています。でも、いつかはこの時計も消えてしまうんです」

戸倉中学校は、生徒数の減少が原因で、67年間の歴史に終止符を打ち、2014年3月31日に廃校となった。

窓ガラスから、ある教室を覗くと、黒板には翌日の予定が書かれたままになっていた。何もなければ、卒業式が行われていたようだ。

中学校の裏手からは、何もない平らな土地で、着々と復興作業が進められている様子が見渡せた。伊藤さんは鞄から写真を取り出し、ぼくらに見せながら言った。

「戸倉小学校は、あの辺りにありました」

戸倉小学校が建っていた位置を指差す伊藤さん
戸倉小学校が建っていた位置を指差す伊藤さん

海から300メートルほど離れた位置にあった戸倉小学校は、10日前に完成したばかりの新しい体育館も含め、すべてが波に飲み込まれた。校舎の屋上よりもさらに5メートル高い位置まで津波がやってきたのだ。もしも屋上が避難場所に指定されていたら、多くの犠牲者を出したことだろう。しかし、この戸倉小学校では、ひとりの犠牲者も出なかった。そして驚くべきことに、震災のつい2日前までは、この小学校の屋上が避難場所となっていたのである。

実は、2011年3月9日に、少し大きめの地震があった。そのとき、戸倉小学校では、校舎屋上に避難したあと、先生たちの間で話し合いが行われたそうです。「本当にここが避難場所でいいのか」と。結局、山の方にある神社が新たな避難場所となり、翌日の3月10日は実際に避難訓練が行われた。

そして、3月11日を迎えた。

先生は、刻一刻と迫る津波の危機を前に、点呼を取ることも省き、とにかく迅速に神社へと避難させた。もしもマニュアル通りに点呼を取っていたら、逃げ遅れる生徒が出るなど、状況は異なっていたかもしれない。大事な場面では、マニュアル通りにやることよりも、マニュアルを超えた判断力が試される。たっとひとつの判断が、人の命を左右する。この事例は、実に多くのことを教えてくれた。

にも関わらず、ぼくはこの戸倉小学校の出来事を知らなかった。

「(石巻の)大川小学校は何度も取り上げられますが、戸倉小学校のことは知らない人がほとんどです」

「すごい話なのに、どうしてメディアはほとんど取り上げないのでしょうか」

「犠牲者が、出なかったからかもしれませんね」

伊藤さんは、少し寂しそうな顔で笑った。

このことだけではない。毎年、3月11日が近づくと、その数日間だけ報道陣がうわーっと押し寄せて、12日になるとパタッと消えてしまうそうだ。そして、大方どんなストーリーで報道するかを決められた状態でインタビューを受けるため、色々と話しても、「マスコミが欲しい情報だけ切り取られて、そのほかのほとんどの部分はカット」されてしまうという。ひどい場合だと、「そんなこと言ってないのに」という全然とんちんかんな内容で報道されることもあるそうだ。

しかし、「マスコミはひどい」のひと言で片づけてしまったら、生産的なことはひとつもない。もしも自分がマスコミの人間だったら、「そうなってしまうのもしょうがない」と思う部分もあるかもしれない。だからこそ、ぼくのような自由に書ける個人が、自分の足で動き、そこで見聞きしたものを、存分に伝えていくことが大切なのだと思う。

話題性やトレンドを意識した方が、アクセス数は稼げるかもしれない。でも、アクセス数に流されないようにしたい。本来当たり前のことなのだが、書きたいことを書いていこうと、改めて思った。それがメディアにあり方に対するぼくなりの抵抗なのだ。批判だけでは前には進まない。

戸倉を後にし、ぼくたちは南三陸町の中心部へ向かった。

(後編へ続く・・・)

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