「後悔のない人生を」なんて言いますが

昨日、友人がしてくれた話が、とても面白かった。

彼が静岡から横須賀まで一人で運転していたときのこと。途中立ち寄った足柄サービスエリアを出る際、ヒッチハイクしていた2人組を見つけたのだそうです。そのとき彼は、「乗せようかどうか、究極に迷ったけど、決断が遅れ、後続車が来ていたこともあって、そのまま通り過ぎてしまった」とのこと。

でも通り過ぎた直後、「一人で暇だったし、面白い出会いがあったかもしれないし、乗せておけば良かったと猛烈に後悔した」のだそう。この何でもない些細な話に、ぼくはとても共感しました。

「こんなとき、洋太だったら、乗せていたんだろうな。せめてお前が助手席にいれば、瞬時に『乗せよう』と言ったんだろうな」と彼は言いました。確かに、ぼくならそうしていたかもしれません。しかし、彼の言葉に、「でもね」と思ったんです。

でも、今ぼくがそう思えるのは、「やればよかった」「こうすればよかった」という同じような後悔を、これまでに何度も繰り返してきたからなんです。その悔しい思いを積み重ねてきたからこそ、「次こそは…」と少しずつ行動力が磨かれていったのだと思います。

大切なのは、自分の感情と素直に向き合うことだと思います。そこで後悔できるのは、ちゃんと向き合ってる証拠。「後悔のない人生を」なんて言いますが、最初からそんな完璧な人生を送れる人はいません。後悔のない人生は、後悔を積み重ね切った後に訪れるものかもしれません。

だから後悔なんて、次に生かせばいいだけの話。長い目で見れば悪いものじゃありません。

「次にヒッチハイクしている人を見つけたとき、今度は絶対に乗せられるよ」と彼に声をかけました。

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「花仕事」という言葉

「仕事には2種類あります。『米仕事』と『花仕事』です」

そう話すのは、デザイナーの水戸岡鋭治さん。クルーズトレインななつ星をはじめ、長年にわたりJR九州の列車をデザインしてきた方だ。昨年「ななつ星」がお披露目されたとき、内装に木材を多用した温もりのある空間は、多くの人を驚かせた。

水戸岡さんは、企業人としての稼ぎ仕事を「米仕事」、公共的・社会的視点で行う金銭的代価を超えた仕事を「花仕事」と名付け、よく使っているという。

米仕事は経済につながる仕事で、花仕事は環境や文化を大切にする仕事であるとも説明している。

「日本では経済重視の『米仕事』の人が圧倒的に多いんですが、私はできるだけ文化を持ち込んだ『花仕事』をしていきたいと考えているんです」

彼は車両のデザインこそ、自らの「花仕事」としている。

しかし、「花仕事」というのは、どうしても目先の利益が下がってしまう。

たとえば鉄道車両などで、床材をプラスチックにすれば低コストでメンテナンスも容易だが、木材を使うと、高コストなうえメンテナンスが大変になる。

それでもあえて水戸岡さんが木材にこだわる理由は、「そこに文化を持ち込みたいからだ」というのである。

たとえ目先の利益が下がろうとも、木材で魅力的なものを作っておけば、それに惹かれた人たちが「本当のファン」になってくれる。そしてそれは、結果的に長続きにつながっていく。

「経済性と文化性のバランスを保つようにしていくと、皆がそこそこ好むものができ上がってきます。実際にそのバランスを追求することが、最終的に一番いい結果を生む可能性が高いのです」

この話、車両のデザインに限った話じゃないなと思った。素敵な考え方じゃないか。目先の利益よりも、文化や感性を大切にする「花仕事」を、ぼくもやっていきたい。

外国人と一緒に歩いて日本を縦断する3つのメリット

好きなことについて考えているときは、本当にワクワクするものです。最近は、歩いて日本を縦断することしか頭にありません。

さて、「この旅のテーマを何にしようか」と随分長いこと考えていました。一年以上考えていました。たとえば、「日本全国の和菓子屋さんを巡る」とか「各県庁所在地を訪れる」とか「各地の農家を訪れて野菜を紹介する」とか、目的なしに旅をするよりも、何かテーマがあった方がいいだろうと。でも、なかなか「これだ」というものが浮かばず、悶々としていました。

先日、ユニークな旅人たちと飲む機会があり、何かアドバイスをもらおうと、この旅の話をしました。すると、郷土菓子研究社の林周作くんが、こんなことを言ってくれました。

「中村さんの場合、体験したことを書けば自然と面白い話になるから、テーマはなくてもいいんじゃないかな、と思います。逆にテーマを設けることで、行きたい場所に行けないとか、旅が制限されてしまうかもしれないし」

テーマ選びにこだわって動けないでいた自分にとって、ハッとさせられる言葉でした。「自由な発想から生まれる自由な行動」これこそが自分のウリだと思っています。だとすれば、確かに変にテーマにこだわる必要はないのかもしれません。

しかし、ひとつだけ、この旅をするにあたって、「これだけは実現したい」というものがあります。

それは、「外国人と一緒に歩く」ということです。

最初にそんなことを思ったのは、英語を学びたいと思ったからです。ぼくは英語がほとんどできません。友人にはよく「そうは言っても、海外添乗員なんだし、少しはできるでしょう」とか言われるのですが、本当に苦手です。「How are you?」と聞かれて、笑顔で「Thank you」と答えてしまうくらいのレベルです。それもつい最近の出来事です。

だから、外国人と一緒に一日中歩いて旅をしていれば、少しは英語も上達するんじゃないかと思いました。少なくとも、何もしないよりはマシだろうと。

しかし、そんな安直な考えが思わぬ副産物をもたらすことに気付いたのです。「外国人と一緒に徒歩で日本縦断する」と何が良いのか、3つご紹介します。

 

外国人と一緒に歩いて日本を縦断するメリット 

その① 英語を学べる

これは上で話した内容です。ぼくが英語を教わるだけでなく、相手に日本語を教えたりしながら、旅をしていきたいと思います。

 

その② 文化や価値観の違いを紹介できる

人は同じものを見て、違うことを考えます。何かを見たときの感想は、日本人同士ですら異なりますが、相手が外国人ならなおのこと。彼らの目に映る「ニッポン」を紹介したいと思います。

ぼくは『Youは何しに日本へ?』という番組が好きです。予想もしない日本のものに、外国人が興味や関心を持つ。そこにあの番組の面白さがあります。

たとえば、外国人は日本の自動販売機に興味を持ちます。海外にほとんどないからです。そして自動販売機で缶ビールが買えるなんて奇跡だ、と思うそうです。日本人であるぼくからしたら、まさか自動販売機で驚くなんてと思ってしまいますが、現実はそうなのです。「外国人の目」というフィルターを通すことにより、日本で当たり前のものが世界では当たり前ではない、ということに気付かされます。

北海道から鹿児島まで縦断するなかで、きっとネタはいくらでも見つかるでしょう。田舎の道端には面白い看板やカオスな物がいくらでもありますからね笑 そんなひとつひとつのものに対する外国人の反応をレポートする中で、日本の人々に価値観の違いなどを伝えていきたいです。

 

その③ 日本の魅力を世界に発信できる

2020年に東京オリンピックが開催されます。日本の魅力を発信する最高のタイミングです。外国人に、東京や京都だけが日本じゃないんだよ、と伝えたい。そこで、最初は英語を勉強して、旅のブログを英語で書こうとも思いました。しかし、日本語で書いてさらに英語でも書くとなると相当負担が大きいうえ、やはりぼくが英語にすることによってニュアンスが異なってしまう部分はあるでしょう。

ここに、外国人と一緒に旅をする最高のメリットがあります。つまり、その日の旅を終えたら、ぼくは日本語でブログを書き、彼は英語でブログを書くのです。そうすれば、世界中にこの旅を発信できます。もちろん、彼が書くのは、ぼくのブログの英訳文なんかではありません。彼が感じたことをそのまま書いてもらいます。すると、きっとぼくと印象に残ったものは異なるはずなので、話の内容も少し変わるでしょう。それがまた価値観の違いが浮き彫りになって面白いと思います。さらに、ぼくが彼のブログを読めば英語の勉強にもなります。

 

パッと思いついたのが上記の3つでしたが、ほかにも外国人と旅をするメリットはあるかもしれません。

 

今日友人と話していたら、いいアドバイスをくれました。

「企画だけ話してもなかなか理解してもらうのは難しいかもしれないけど、具体例を見せたら、きっと面白いと思ってもらえるよ」

「じゃあ、試しに外国人と一緒に徒歩で山手線一周とかしてみて、その様子をブログで書いてみようか」

「ええやん!『外国人と歩いて山手線を一周してわかった10のこと』なんて記事なら、バズりそうやな笑」

「うん、面白い。いける気がする」

ちょっと今度やってみようかと思います。

アラン・ブースが愛したニッポン—日本縦断に想いを馳せて

「北海道から鹿児島まで、徒歩で日本を縦断したい」とぼくが最初に思ったのは、いつだったかもう忘れた。

司馬遼太郎の小説に出てきた幕末の志士たちが、まるで近所のスーパーにでも行くかのように「江戸へ行ってくる」と四国や九州からさらっと駆け出す姿にふれたとき、驚くと同時に「同じ人間だから、きっと自分にもできるだろう」と思った。

大学時代、サークルの先輩が夏休みを利用し、東海道五十三次(大阪〜東京間)を歩いたと聞いたとき、さらに確信が湧いた。

そして南極大陸3000km横断の冒険を目指した植村直己さんが、「3000kmという距離がどのくらいのものか体感したかった」と言って、北海道稚内から鹿児島まで、たった51日間で徒歩で縦断したという話を本で読んだとき、既に「いつかはぼくも徒歩で日本縦断を」と心に決めていた。

過去に徒歩で日本縦断をした人間がどのくらいいるか、正確なところはわからないが、ネットで調べると、結構たくさん出てきた。その中に、気になる人物を見つけた。アラン・ブースというイギリス人が、1977年に約4ヶ月かけて日本を縦断したというのだ。

ロンドン生まれのアラン・ブースさんは、1970年に来日し、早稲田大学英文科で教鞭を執った後、新聞や雑誌に日本の伝統芸能についてコラムを執筆するなど、作家として活動した。彼の壮大な旅は、『THE ROADS TO SATA』(SATAは鹿児島県佐多岬のこと)という英語本として出版され、1988年に翻訳されて『ニッポン縦断日記』という本になった。

今はもう絶版になっているのだが、クチコミを読んでいると、「復刻してほしい」「私のバイブルです」などの声が多くあり、いったいどんな本なのだろうと気になった。「外国人の目」というフィルターを通して描かれた1977年のニッポンは、どのような色彩と輝きに満ちているのだろう。

無性に読みたくなった。こうなるとぼくは止まらない。図書館の蔵書検索で調べると、宮前平の宮前図書館の書庫に眠っていることがわかった。二子玉川のカフェから即座に向かい、この本と対面したのが今から2時間前の話だ。

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まだ10ページ程度しか読んでいないが、美しい日本語、瑞々しい感性、心温まるエピソードにふれて、早くもぼくは喜びに震えている。なんという素晴らしい本と出会ってしまったのだ。これから実現したいことのヒントが、この本の中にたっぷりと詰まっていそうだ。

「朝は何時に起きますか?」

民宿の主人が聞いた。背が高く、ひげづらでぶっきらぼうな人物で、ダンヒルのライターをいじっている。

「さあ。7時ぐらいかな。早く発ったほうがいいと思うんです」
「バスに乗るんですか?」
「いえ、歩きます」
「遠くまで?」
「日本を縦断するんです」

あくる朝、民宿の主人が北海道の地図を印刷した小さな木綿のハンカチをくれた。道をまちがえたりしたときに便利でしょう、というのだった。

一台のトラックが止まると、運転していた若者がなにもいわずにオレンジジュースのびんを差しだしてくれた。ぼくは立ったまま、道のまんなかでゴクゴク飲んだ。エンジンをふかしているトラックの上から、若者がにっこり笑いながらそんなぼくを見おろしていた。

「どこから来たんですか?」
「イギリス」
「わあ、すごいな!」
「沼川まではどのくらいですか?」
「もうひと登りで着きますよ」

そして、オレンジジュースの最後の一滴までがなくなったことに満足すると、彼はびんを受け取って、エンジンの音もにぎやかに道をあがっていき、夕風が牧草にさざ波を立てはじめた草原のほうへと折れていった。

旅館のご主人オバタさんは地元の小学校の先生で、「ちょっと寄って生徒たちに顔を見せてくれ」と説得されてしまった。

「さてみんな、このかたはイギリスからみえたイギリスの人です。カズオちゃん、イギリスってどこかわかるかな?」
「ずっとむこう」
「地図で見つけられるかな?」

へこんだ金属製の地球儀が教室の前にひっぱりだされると、四人の子どもたちはもじもじしながらそのまわりに集まってきた。

「ちがうよカズオちゃん、それはサウジアラビアだよ。これがイギリスだ」

オバタさんはいって、アイスランドをコンコンと叩く。

なんてことのないひとつひとつのエピソードが本当に面白く、ぼくの夢はさらに膨らんでいった。もともと、外国人を連れて旅をしたいという想いがあったけど、この本を読んでなおさら実現したくなった。

Facebook投稿が持つ、3つの役割

今までちゃんと話したことはありませんでしたが、昨日インタビューをしてくださった松尾美里さんが「とてもおもしろい話です」と言ってくださったので、ここで共有したいと思います。

ぼくは、Facebookでの投稿には、3つの役割があると思っています。

  1. 学んだことや体験をアウトプットする場(自分のため)
  2. 良い話、価値のある話を共有する場(他人のため)
  3. 自分の考えを表明する場、自己ブランディングの場(自分と他人のため)

 

それぞれ、具体的に説明していきます。

1. 学んだことや体験をアウトプットする場

自分が学んだことや、本で読んで印象に残ったこと、体験したことなどは、文章にすることで、より理解が深まります。わかったようでわかっていないこと、なんとなく理解したつもりになっていることは多く、それは文章にしてみたときに、すぐに自分で気付きます。ある段階で、書く手が止まるからです。そうすると、自分はここが理解できていなかったと気付き、文章を完成させるために、そこでなんとか理解しようと努力します。このアウトプットの行為が、自分の理解を深めていきます。これは、「自分のため」に行っていることです。

2, 良い話、価値のある話を共有する場

本で読んで感動した話や、人から聞いて素晴らしいと思った話など、日々を過ごす中で、様々な「価値あるもの」に出会います。これは良い話だから、ぜひ自分の友人たちにも広めたい、と思うのがぼくの性格です。この考え方は素晴らしいから、シェアしよう。そうすることで、少しではあるけど、自分の周りから、より良い社会が築かれていくのではないかな、と信じています。なので、これは「他人のため」に行っていることです。

3. 自分の考えを表明する場、自己ブランディングの場

「こういう出来事がありました。それについて自分は、このように思いました」自分の考え方や価値観を発信するとき、それはひとつの「自己ブランド」を形成することになります。「〇〇は、こういうことを考える人間だ」「〇〇は、こういうのが好きな人間だ」と、読んでいる人は無意識のうちに理解します。ひとつひとつの発信が、自分の性格や考え方、生き方、価値観を形作っていきます。これは、「自分のためでもあり、他人のためでもある」ことです。なぜでしょうか。

たとえば、ワインが大好きなAさんがいたとしましょう。Aさんは、毎回毎回、ワインに関する投稿ばかりします。「今日はボルドーのムートン ロートシルトの84年を飲みました」「神楽坂の○○というワインバーがこれこれこういう点で最高です」など、そんな具合に。すると、その投稿をいつも読んでいるBさんは、「Aさんはワインが好きな人だ、ワインに詳しい人だ」と理解します。さらに、「ワインについて知りたいことがあったら、Aさんに聞こう」となるかもしれません。それは、知りたい情報を得られるBさんにとってメリットがあるし、大好きなワインについて聞かれるAさんも、きっと頼られて嬉しいと感じるはずです。だから、意識的であれ無意識的であれ、効果的な自己ブランディングをすることは、「自分のためでもあり、他人のためでもある」のです。

 

そして、ぼくにとって「本質的な発信をできた」と喜びを感じる瞬間は、ひとつの投稿の中に、上記3つの役割が全て重なったときです。すなわち、価値ある話をアウトプットすることで、自分の理解が深まり、読者も喜んでくれ、なおかつ自分の人間性が効果的に出せたときです。もちろんうまくいかないことも多いですが、なるべくそうできるように心がけています。

誰もが自由に発信できる時代であり、発信によってチャンスを掴めたりする時代であるからこそ、ぼくは「発信力」というものについて、これからも考えていきたいと思います。発信上手な人が増えれば、効果的なマッチングが生まれやすく、それだけ生産的で楽しい世の中になると信じています。

好きなことを発信する大切さ

自分が好きなことや興味のあることを発信したり、どんな人間であるかを表明することは、自分にとっても相手にとっても有益なことだと思います。「これが好き」と言えば、関連する情報をくれる人が現れ、「ヨガがやりたい」と言えば、ヨガに誘ってくれる人が現れるものなのです。

身近な例で言うと、この前「メキシコのオアハカという街について原稿を書いている」と投稿したら、知り合いの方が「洋太君の投稿を見てビックリしました!実は偶然オアハカ在住の日本人の方と知り合ったばかりなんです」と連絡をくださり、現地在住の方から貴重な情報をいただくことができました。

スピリチュアルな話をするわけではありませんが、「引き寄せる力」というのは確かに存在します。物事を引き寄せるのに難しいことは必要なく、ただ、自分の好きなこと、やりたいことを表明するだけです。

先日、「日本は世界で一番食べ物を捨てている国」いう話を聞きました。日本で生活していると、なかなか想像しづらいですが、世界には飢えで苦しんでいる人がたくさんいます。世界の中で、必要な食糧が必要な分だけ分配されたとき、どれだけの命が助かるんだろうと思います。

無駄のない生産的な世の中にするためには、何かを持っている人と、何かを求めている人をマッチングさせる必要があります。極端かもしれませんが、自分が好きなことや得意なこと、できること、やりたいことを発信することは、その理想の世界への第一歩ではないかと思います。「ここに余っている食糧があるよ」というオープンなひと声で、何かが変わる可能性があるのです。TwitterやFacebookで誰もが発信できるこの時代ならではのことです。

また、素晴らしい技術や、隠れたすごい才能を持っている人なのに、発信するのが苦手なために、適正な評価をされていない人がいます。良いものを持っているのに、もったいないなと感じます。赤塚不二夫さんが当時無名だったタモリさんを国民的タレントへと押し上げたように、誰かがその才能に気付き、引き上げてあげてあげればいいのだけど、全ての人がそううまくいくわけではありません。

今は、ひとりひとりに発信力が求められる時代です。些細なことでもいいので、好きなことや興味のあることを表明する人が増えたらなと思います。

たとえば、靴が大好きな人は、靴のことばかり発信していてもいいと思うのです。正直、見ている人は、「また言ってるよ」と思うでしょう。多分ぼくも思います笑 でも、いざ靴について何か情報を欲しいときに、頼りにしたいのはやはりその人ではないでしょうか。ワインについて知りたいときも、いつもワインの写真をアップしている人に聞きたくなります。そうすると、聞く人も得をするし、聞かれた人も貢献感が得られて嬉しくなる。人間ってそういうものでしょう。

より楽しく、より自由で、より生産的な世界の構築のために、好きなことを発信する人が増えてほしい。これも、どれだけ言葉で説明してもわかってもらえないと思うので、自分の行動を通して示していきたいです。ひとりひとりが自分の人間性を浮き彫りにさせることで、世界はよりシンプルになっていくと思います。

大切にしている9つの価値観

「男の一生というものは、美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている」

土方歳三(司馬遼太郎『燃えよ剣』より)

 

どういう人間でありたいか、ということを整理するために、自分が大切にしている考え方やキーワードをまとめてみました。

 

①共有、オープン

自分の体験や、そこから学んだことを、できる限り共有したい。それから、自分が良いと感じたもの、美しいと感じたものを発信していきたい。価値ある情報をシェアしたい。オープンな人間でいたい。

 

②共感、ストーリー

何かを伝えるときには、「共感」をその手段としたい。人は正しさでは動かない。どれだけその人が論理的、倫理的に正しいことを言っていたとしても、共感ができなかったらと応援したいとは思わないもの。だから、考えを押し付けるのではなく、「自分はこう感じた」という一人称の言葉でストップする。「だからあなたもこうした方がいいよ」なんて余計なお世話。そこから先は受け手が感じるもの。人によって受け取り方は異なるんだから、干渉はしない。でも、出来事をストーリー形式で伝えれば、読みやすいし、面白いし、伝わりやすいし、共感が生まれやすい。

 

③スピーディーに

何でも、やりたいと思ったらすぐに動く。モチベーションは鮮度が大切。一週間後にやろう、と思っても、実際に一週間経ってみたら、当初に比べてモチベーションはかなり低くなっている。「やっぱりいいか」と、やらなくなってしまいがち。「自分はなんて意志が弱いんだ」なんて落ち込む必要はなく、多分人間誰だってそんなもの。だから、思ったらすぐに動くようにしたい。

 

④ブランディング、継続性

自分の好みや興味のある分野、やりたいことを知ってもらえると、格段に早く物事が進む。「それをやりたいなら、あの人に会ったらどう?」とか「こういうイベントどうですか?」と連絡が来るようになる。それは、発信によって自分をブランディングしているから。やり方は簡単で、ひとつの信念や価値観のもとに、継続的な発信を行うこと。そのときに注意することは、ノイズ(自身の価値観から離れる投稿)をしないこと。それさえ心がければ、その人の思考がよりハッキリと浮き彫りになる。誰もが簡単にブログやSNSで発信できるようになったこの時代、ブランディングは企業だけでなく、個人にとっても重要なもの。人って、教えたがり。お互いにその性質を利用し合えば、人生は楽しくなるし、加速する。

 

⑤予測不可能性、エンターテイナー

全ての行動をオープンにしつつも、次の行動は誰にも予測させない。その駆け引きは自分の人生の楽しみ方でもあるし、見てくれている人への楽しませ方でもある。行動で人を驚かせたい、エンターテイナーでありたいという想いがある。

 

⑥腰の低いリーダー

「オレについてこい」という、人を引っ張る力だけがリーダーシップだとしたら、ぼくにはその能力はない。でも、そうじゃないリーダーシップもあると思っている。自分が率先してフロンティア(開拓者)になり、新しい世界の魅力を紹介すれば、人はその世界を見たいと思いはじめ、自分の足で動き出す。信念のもとに行動を起こしたときに、気付いたら人がついてきていた、という経験がある。ぼくは、人への感謝とリスペクトを持ち、誰よりも腰の低いリーダーを目指す。人の上に立てる性格じゃない。感謝とリスペクトを持って、人の下に立ちたい。

 

⑦分野を横断する、好奇心、クリエイティブ

特別な才能もないし、何かの専門家にはなれないけど、好奇心は人一倍ある。幸いなことに、ジャンルや分野に囚われないから、色々な専門家と繋がれる。スポーツ、芸術、IT、サイエンス、ライター、旅人、職人……。そうすると様々な分野を流動的に見ることができ、人にはできない組み合わせができるようになる。サイクリングと和菓子を組み合わせたら、「ツール・ド・和菓子」が生まれた。ぼくの先輩は、お寺とオペラを組み合わせて、新しい価値を生み出した。クリエイティブって、組み合わせの問題だと思う。それぞれは身近にあるのに、誰も考えなかった組み合わせ。それをするためには、様々な分野を知っておく必要がある。

 

⑧引き出し、人と話すこと、教養

できる限り多くの専門家や面白い人と繋がりたいと思っている分、初対面の人と話すことが多い。そのときに仲良くなるコツは、どれだけ共通の体験があるか、だと思う。たとえば、医者と話したとする。ぼくは医療の知識はないから、その話題では距離を近づけられない。でも、何かの拍子に「クラシックが好きで」とその人が言ったとする。「実はぼくもオーケストラやっていました」と言えば、そこで落とせる。「出身は鹿児島の指宿です」と言ったとする。「あ、以前指宿まで自転車で行きました。開聞岳がきれいでした」「え?自転車で?」と、そこで落とせる。要するに、自分の引き出しが多ければ多いほど、人との共通点は増える。共通点があれば、親近感を持ってもらえる。だから仲良くなれる。で、引き出しを増やすのが、「教養」だと思っている。いかに色々なものを知っているか、読んでいるか、ふれているか、体験しているか。それが人間としての深みを生む。

 

⑨美しさ、自分の可能性

ぼくは、美しいものが好きだ。美しいものを見たときに、自分の中の何かが共鳴する。美術館の名画、小説の一文、サッカー選手のプレー、コンサートの生演奏。かならずしも、技術的に優れている場合だけとは限らない。人が一生懸命何かに取り組む姿に、感動や美しさを覚えるときもある。そういうとき、背筋がゾクゾクっとする。

何かに美しさを感じたとき、それは自分の可能性にふれた瞬間だと思っている。コーヒー職人は、コーヒー豆にある種の美しさを感じているかもしれないし、薫り高いコーヒーに美しさを感じているかもしれない。でもぼくはコーヒーに対してそこまでのものは感じていないし、だからこそ、それはそのコーヒー職人の可能性なのだと思う。「自分の可能性」って、数値化されるものじゃないし、そんなに簡単にわかるものじゃない。でも、鳥肌が立つような体験をしたときや、何かに美しさを感じたとき、そこに「自分の可能性」が浮かび上がる気がする。そういう瞬間を見逃さないようにしたい。